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2011年11月

2011年11月 8日 (火)

講演会メモ 鎌田慧さん「原発と憲法」 2011-11-06 あさひかわ九条の会秋の講演会

昨日の講演会、講演の印象的だった部分の雑駁なメモ

原発労働者の労災認定はわずか13人

浪江町、原発建設の誘いが40年あまり続いていたがずっと反対してきた。ある農家の方が福島原発に働きに行ったらあまりにひどい状態なので反対してきた。玄関に「原発関係者お断り」の表示をして相手にしなかった。相手にすると相手(電力会社)は頭も良いし言い負かされたりするから。

大間、炉心の位置の土地で漁師さんが自分の農地を守り続け原発の計画を変更させた。その農家は「海と畑さえあれば生きていける」。

大間原発の認可、認可の書面でも「人口密度が低いから」が明文化されている。函館が対岸にあるというのに。

原発には金(税金)を配っても過疎には生活道路にさえお金を回さない。

温暖化を防ぐために原発をというが、原発で膨大な温水が垂れ流されている。

原発依存で他の発電技術開発をさぼってきた。

原発は初め(採掘)から終わり(廃炉)まで被曝がつきまとう。

道路などの社会的コストを電力会社が負担しない不思議。自動車産業も合意の上とはいえ同様だが果たしてどうなのか。

都市住民が過疎地に押し付けているのはけしからんという論調はいかがなものか。責任は電力会社、政府にある。都市住民が原発を計画・決定したわけではない。東電・政府の責任を回避しようとして意識的に流されているようにも思える。都市住民ももっと関心を持ち学ぶ必要はある。

「安保(日米同盟)」でみると原発、核兵器、基地などがつながって見えてくる。PTTも。
原発は軍需企業によって成り立っている。政府は核保有を放棄していないし、プルトニウムですら数十発分も保有し一年以内にはつくれるといわれている。東通り原発には原子炉18基分もの用地が確保されている、いったいなんのためか。

日本より管理能力の低いであろう国に原発を輸出というのはなんということか。事故を起こしたときには賠償すら請求されてしまうかもしれない。

大杉栄だったらどう考えるかという質問、軍事力でなんとかしようというのは「国家」を強くしようとするインスタントな思想だ。原発にもいえること。様々な手段でその土地や人々が電気をつくり配電する相互扶助的な思想が大切ではないか。

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