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2009年5月

2009年5月30日 (土)

このタイミングを逃すまじ-芦別岳本谷コース

どうも山を続けていると、「逃げる山」というのがあって、登りたいけどタイミングを逃したりしてなかなか登れない、そんな山があります。

自分にとって今回の芦別岳本谷コースはそのひとつ。もう10年以上前に一回チャレンジしたことがあったのだが、その時は今回よりもう少し雪が残っている時期だったのだが、小屋のすぐ先でちょっと悪い箇所があり、単独で視界もないために敗退した。

その後、一般の夏道ではなく多少バリエーションルートチックなコースのために何となくテンションが上がらなかったりして放置、この何年か狙っていたけれど雪量や自分の都合などで引っかかったままになっていた。

天気予報が晴れマークなので、前日にえいやっと決心をしての山行となった。

久しぶりのユーフレ小屋、小屋から10分くらい奥まで雪はない。

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たぶん、今日この記事読む人はこれが一番気になってると思うので。
ゴルジュ、まだ数日なら大丈夫?水音は十分してます。

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久しぶり、バンド式とスパッツの色が時代遅れ~

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今年最後の桜の花見かな

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ゴルジュを抜けると本峰が

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雪渓の底から吹き出す水がマーライオン的だった

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徐々に斜度が上がる

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振り返ると下界が

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本峰正面、このあたりからが核心部、滑ると滑落~って感じ

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核心部唯一、後ろを撮影。なかなかの高度感。
このあたりからシャリバテ気味、ペース落ちました。
雪も適度に柔らかいのでピッケル(バイル)は結局使わず最後までリングなしでダブルストック。

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もうすぐ稜線だけど、きつかった

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稜線へ抜けたのはジャスト12時、きれいな雪原

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ダンゴ防止の米袋ビニール、激安。以前ダンゴでひどい目に遭っているので

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登山口から花もいっぱい。
どこにでもある花限定で何枚かアップしておきます。

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天気も良くて風もあまりなく、山頂でものんびり

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天気が良いと無条件に楽しい。
前回の陰惨な感じが覆されました。

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いつ見てもみごとなエックス

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新道側は山頂のすぐ下からばっちり雪

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半面山の鞍部から雲霊峰(だっけ?)、グリセードでらくちん。

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下山も長~い道のり、それなりに花はあるが。
以下は登りの小屋までの花。

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旧道の入山届けは「ふれあいの森」の入山届けのボックスから林道を5分くらい奥に歩いたところにある。
小屋までも2,3高巻きでそれなりに時間かかる。沢コースは水の心配がなくて良い。
前回までの陰惨な印象が覆された、明るくてきれいな谷だった。
久しぶりのアイゼン、気持ちよい。核心部中盤までは直登、中盤以降は斜登高。
下山用にもストックは有効だった。土のところ用にゴムキャップも持参。
思ったより筋肉痛にはならなかった。

2009年5月29日
天候晴れ
6:20 新道に近いキャンプ場の駐車場を出発
12:00 稜線
12:30 山頂
16:20 下山

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2009年5月24日 (日)

裁判員制度と死刑廃止と

いつもながら重いネタ。

裁判員制度がもうすぐ実際に動き出す。伊藤真氏が

「裁判員制度について」(その2)-マガジン九条

http://www.magazine9.jp/juku2/090520/

で「ただそうはいっても、裁判員制度はもう運用がはじまります。ですから、これから裁判員制度を運用するなかで、どうすれば裁判員制度が憲法に適合した運用 になるかに知恵を絞り、運用面で対応できない事態が生じたときに一旦停止させて制度を見直し、そしていくら見直しても憲法に適合させることが困難だという ことがはっきりしたときには、廃止することも視野に入れておくべきです。」と述べている。

実にその通りだと思う。

私もそうですが、伊藤氏は死刑廃止論者です。世界では圧倒的に死刑は時代遅れで、たとえ制度的には残されていたとしても実際に死刑が執行されることがほとんどなくなっているのがグローバルスタンダード化してきている。それに対して日本は、裁判員制度の法律の成立前後から死刑の執行が急増しています。グローバルスタンダードとかなんとか自民党なんかもずいぶん叫んでいるようですが、ぜんぜん時代遅れ。

死刑廃止を望まない人たちの中には、終身刑の方が過酷な刑だという論調もあるようだ。殺人被害者の家族などの中には死んで罪をつぐなってもらいたいというような意見がマスコミを通しては伝わることが多いのだが、それは死刑こそが厳罰であるという認識だからであろう。同じ死刑廃止を望まない人の中での意見の違いはどう捉えたらよいのだろうか。

人殺しの刑に人殺し(死刑)をするというのは、国家または被害者だから人殺しをしても許されるということなのだろうか。

心情的には理解できなくもないのだが、それで被害者は戻ってくるわけではない。裁判官や裁判員に死刑判決を望むというのはいかがなものなのだろうか。

裁判員制度が始まるが、個々の人権(被害者とその周囲の人や加害者も含めてすべての人間)を尊重する「憲法」に適合した運用をするために、死刑を廃止しなければならないのではないだろうか。

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